「『もしもし』じゃなーい! ちょっと鍵士、あんた少しは頼りがいのあるところ、絵莉菜に見せなさいよ」
「あんまり耳元で大きな声で叫ぶなよ! 鼓膜が破れたらどうすんだよ!」
「あんたの鼓膜なんかどうなったて、アタシには関係ないから。それよりね、絵莉菜を彼女にしたいと思うんなら、少しはアタシ
の言うこと、聞いておいたほうが、鍵士にとっても得だと思うんだけどな~」
「ブチッ」
携帯を切った。
「絵莉菜、携帯返す。さっさとA組の場所、行こうぜ」
「うん。瑠璃ちゃんは何て言ってたの?」
「あ、いや……。たいした事じゃない。とにかく行こう、絵莉菜」
瑞樹の言うことも間違ってはいない。この調子では、絵莉菜との関係が今までより進展することはまずありえない。
――やはりしゃくだが、瑞樹のアドバイスを聞くべきなのか……。瑞樹は俺とは比べものにならないぐらい、恋愛経験豊富
だろうし、あんな事やこんな事もおそらく経験済みなのだろうしな――
と、何勝手に俺はそんな妄想をしてるんだ! やっぱり素直に瑞樹の言うことを聞くのは何かと不安だし、もしかしたら変な
方向に向かってしまうかもな……。でもまあ、今後は少しだけ瑞樹の力を借りておいた方がいいか。
「やっと着いたか」
「おお、久遠。随分遅かったな」
「もうとっくに始まってるわよ、始業式」
敦志と瑞樹の二人は、さっきまで喧嘩していたとは思えないほど、淡々とした口調で喋り、ただ、敦志の身体の至る所に生々しい
傷跡が残っていること以外は、まるっきり普通だった。
「ところでさ、鍵士。あれってあんたのお姉さんでしょ?」
瑞樹の指差した方向には、体育館のステージに凛々しく立つ、実の姉の姿があった。
「ああ、そうだけど」
「やっぱり遙さんっていつ見ても綺麗だよね」
絵莉菜が姉貴の姿に、惚れ惚れとしながら言った。
「まったくだ。あんなにも美しい生徒会長を姉に持つとは、鍵士が羨ましいかぎりだ!」
「言っておくがな、敦志。あれはあくまでもこの学校での仮の姿。実際の家にいるときの姉貴なんか、もっとだらしなくていい加減な
性格なんだからな」
「鍵士、つまらない冗談はよせ! 生徒会長に失礼だろうが」
「いや、だから、そうじゃなくて……」
壇上に立って、始業式を取り仕切る生徒会長、つまり俺の姉貴だが、やはり家にいる時のあのダラッとした様子など、まるで嘘とでも
いうように、ピシッと背筋を伸ばし、制服を綺麗に着こなし、きちんと整えたロングヘアーを揺らす姉貴は、まるで別人だった。
――いつもああなら、姉貴もいいんだけどな――
「ねえ、久遠君。遙さんの隣に立っている生徒、誰かな?」
絵莉菜の言うとおり、姉貴の隣にも同じように凛々しく立つ、生徒がいた。特に目を引いたのは、その彼女の髪が、姉貴以上に長く
伸びており、その真紅の赤い髪は地面にまで達するほどであることだ。
「ほんとだ。あんな生徒初めて見たな」
「馬鹿な! 何故あんな美人な女子を俺は知らなかったんだ。おかしい、俺の女子生徒情報網は完璧なはずなのだが……。ああ、俺の
人生にとって一生の不覚!」
「チェストー!」
「ドスッ」
瑞樹はすかさず、独り言のように喚く敦志に、一発、見舞ってやった。
「な、瑞樹……、貴様!」
「バカは少し黙ってな! あんたが話に入ってくるとややこしくなるから」
「る、瑠璃ちゃん。いくら何でもやり過ぎじゃないかなあ? 敦志君、可哀相だよ」
「いいのよ、絵莉菜。バカには、このぐらいしてやんなきゃいけないのよ」
「おい、そこ! 静かにしなさい!」
あまりの俺たち四人のうるささに、辺りを見回っていた塚原も気付いたらしく、怒鳴られてしまった。
「ハ~イ、分かりました塚原センセィ。な~んて、塚原ウザッ! これぐらいのお喋り、許容範囲でしょ」
「ねえねえ瑠璃ちゃん、遙さんが何か話すみたいだよ」
遙はマイクの置かれた台の前まで進むと、一度小さく咳をし、そして第一声をあげた。
「はい、皆さーん! 今年度、生徒会長を務めさせてもらう久遠遙です。今日からよろしくお願い致します」
まだ自己紹介だというのに、体育館の中は歓声をあげる生徒達でいっぱいだった。
「ありがとうございます。さて、春休みは楽しめましたか? そんな生徒もそうでない生徒も、この国立アルカディア学園生にとって、
今日という日は、新しい学年でのスタートの日であり、また、新入生にとっては新たな一歩を踏み出す大切な日でもあります。その記念
すべき今日、この日にこのような場所でこのような事を話せて、私はとても幸せです!
皆さんも、この由緒あるアルカディア学園の生徒としての誇りを持ち、そして生徒同士での友情を深めあう場、男女の愛情を育む場として
この学園生活をより素晴らしいものへとしていきましょう!」
なんて素晴らしい生徒会長の御言葉なのだろうか。ほぼ全ての生徒がうっとりしながら聞き惚れている。特に、新入生なんかは目を
キラキラと輝かせながら、まるで生徒会長を神様でも見るように、尊敬の眼差しで見つめていた。
絵莉菜も例外ではなく、「はわわゎ~」という感じで聞き入っていた。敦志の場合は、少しずれているというか、生徒会長の言葉は
ともかく、その美しさに魅了されてしまったようで、どこから出したか分からない、高性能デジタルカメラで生徒会長の写真を撮りまって
いた。瑞樹と俺だけは、周囲の生徒とは違っており、瑞樹はつまらなそうに携帯をいじっており、俺も、どこで感動できるのかが、さっぱり
分からずにいた。
――敦志の相変わらずの女好きは分かっているが、その標的が姉貴っていうのはなんか複雑な気分だな……――
「ところで話は変わりますが、私、生徒会長の大切な補佐役、副生徒会長が今まで公表されていませんでしたが、ようやく決定致しましたので
今ここで、報告したいと思います!」
そういえば姉貴から聞いていたが、生徒会長は満票一致で姉貴に決まったらしいが、副生徒会長の座は、いろんな学内の派閥だ、なんだで
去年の最後まで決定しなかったらしい。生徒会長に絶対的権力のあるこの学園においては、副生徒会長というポストもまた、かなり権力のある
ポジションなんだとか。生徒同士での噂では、学園一厳しい委員会、風紀委員会の委員長であり、生徒会では前年度、書記を担当した、水島蒼花
が最有力候補らしい。まあ、経歴でいえば、学内での地位が高いのも頷けるって話だ。
「それではご紹介しましょう!」
生徒会長がそういうと、今までその隣で静かに立っていたあの赤いロングヘアーの謎の美少女が、静かに壇上の中央へと歩み寄り、そして
マイクを構え、一言。
「初めまして、皆様。今年、フランスから留学してこの国立アルカディア学園に、高校二年生として編入し、副生徒会長を務めさせてもらう
ことになりました、『フィルフレアス・フォンダルク・アルハイム』と申します。少し長い名前ですので、皆さんは『フレア』とお呼び下さい」
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