「そりゃどうも。俺には覇気なんてねえよ。それよりもお前、いつから学校に来てたんだよ?」
敦志は頭を掻きながら答えた。
「あー、普通に遅刻しちまった。」
「普通に遅刻した割には、遅すぎじゃないか?」
「まあな。実はさ、行く途中でちょっと遭遇しちゃったんだよな」
敦志の事だ。恐らく美人な女性に遭遇したんだろう。
「一体誰だよ。どうせ美人な女の人のことだろ」
「いつもならそれで正解だが、今日は違う。実はな、例の連続殺人事件の現場、遭遇しちまったんだよ」
――連続殺人事件!?――
「それ、ホントかよ!? 一体、何処で!?」
「まあ落ち着けよ、久遠。そこまで驚くことじゃないだろ」
「あ……、そうだよな……。ワリい……、いきなり大声出して……」
『連続殺人事件』という言葉に、俺は余りにも敏感に反応してしまった。周りにいる絵莉菜と瑞樹、それに敦志の三人は俺の過剰な反応に驚いたのか、少し後ろに下がった。
「やっぱり、今日の鍵士、おかしいよ? 何かあった?」
「うん。鍵士君、どうして『連続殺人事件』の事になるとそんなに反応するの?」
絵莉菜は心配そうに鍵士に聞いた。
「いや……、何でもないって! 気にしなくても、別に俺におかしいとこなんてないから!」
「ふ~ん。まあ、鍵士がそう言うなら大丈夫なんじゃない? それで、何処なのよ、連続殺人事件の現場って?」
「そうだな。久遠もそこまで聞きたがってるんだし、教えてやるか」
そう言って敦志は今朝、自分が遭遇した連続殺人事件の現場の状況について話し始めた。
敦志はいつも通り、若干遅めな時間に登校していた。すると、家を出てから五分ほど歩いたところで、パトカーのサイレンの音、さらには救急車が駐まっていた。人だかりもできている。
「何だ、この人だかりは? 救急車もパトカーも駐まってるし、なんか事件でもあったか?」
不思議に思い、人混みをかき分けながら進むと、そこにはあろう事か、無惨にもバラバラに切断された若い男性とおぼしき人の死体があった。場所は裏通りの一角。コンクリートの壁には鮮やかな真紅の血が大量に塗られていて、数時間前にどれだけの惨劇があったかを示していた。
しかし、何よりその男性の惨殺死体の方がショックが大きく、野次馬の中には、それを見て気持ち悪くなった人も少なくなかった。無論、敦志も例外ではなく、ムカムカと吐き気がするのを実感していた。
それから少し経って、その現場を眺め続けていると、数人の救急隊がその男性を担架に乗せて、救急車の中へと担ぎ込んだ。それと同時に、警官たちは現場の周囲の監査を始めだした。警官たちは敦志たち野次馬と後からやってきたマスコミを現場から下がらせ、現場の鑑識に取りかかった。
「どうです、小島さん。現場の様子は?」
「いつも通りだよ。被害者は、今までの事件と同様、綺麗にバラバラに切断されちまってる。たく、いつまでこの事件は続くんですかい、本間さん? 鑑識やって四十年近くやってるワシも、こんな死体を見たのは初めてだったよ」
鑑識の小島という男は、溜息をつきながら、着々と鑑識の仕事を進めた。
「さあね~。それは犯人さんに聞くしかないでしょう。と言っても、犯人が簡単に見つかればの話ですがね~」
小島という警察官はスーツから警察手帳を取り出すと、何やらパラパラとページを捲っており、ボールペンの先をこめかみに当て付けていた。
「それもそうだな。おろ? そう言えば新人の野郎の姿が見えねえな? おい、杉内! あの新人はどーした? 何処にも姿が見えねーが」
「晋吾なら、気分が悪いって、そのままトイレに行きましたよ。さすがに、これは新人には厳しすぎますからね」
「たく、使えねえ新人だな。だから若えものには任せられねえんだ」
「まあまあ、小島さん。確かにこれは新人にはつらいですよ。正直なとこ、わたしも結構嫌ですよ。普通の殺人事件でも、ここまで血はでませんよ。やはり、普通の人間の犯行とは思えませんよ」
「て言うと、本間さん、あんたはこれが人間じゃない、どっかの化け物の仕業とでも言いたいんか? そんなわけないやろ。今、時代は二十一世紀やで? 化け物なぞ、いるわけない」
しかしこの連続殺人事件は、そうでも言わないと有り得ない話なのだ。大体、短時間でここまで人を無惨に殺す事など、一人の人間には不可能なのだ。それどころか、普通、靴跡やら犯人の髪の毛といった形跡が残るはずなのに、それさえ存在しない。つまり化け物でも無い限り、こんなことはできないのだ。
「そうじゃありませんが……。そう言えば、昨日警察の古い資料なんですけどね、この事件に酷似した殺人事件が十年以上前にこの紅華ヶ丘町であったらしいじゃないですか? 小島さん、知ってますか?」
「十年以上前? あー、そう言えばどっかの家であったらしいな、そういう殺人事件が。詳しくは知らんが、お前さん、調べてみたらどうかね? 何か分かるかもしれんぞ」
「それが、どうもその事件、かなりの機密事項らしいのか、厳重にファイルにブロックがかけられてるんですよ。一体、何のためですかね?」
「うむ……。つまり俺ら一般の警察には関係のない事があるということだ。よし、新人の様子でも見に行くとするか」
鑑識の小島はそのまま車へと戻っていった。
敦志が連続殺人事件の話を終えてからずっと、鍵士は授業中、そして昼休みになって弁当を食べる時も、その話の事を考えていた。着実に概念の主による被害は拡大しつつある。それなのに何故、学園長先生たちはその犯人を知っていながら、何もせずにしているのだろうか? やはり、俺が奴らを倒さないと、もっと死者が増えてしまうのか……。でも、そしたら俺が殺される……。
考えている間にも時間はどんどん過ぎ去り、結局、何もしないまま、放課後になってしまった。
――もう放課後か……。そうだ、凜と学校を見て回る約束があったんだ。早く、C組に行かなきゃな――
絵莉菜はお父さんが入院している病院に行く予定がある、と言って先に帰ってしまい、敦志とはゲーセンに付き合うはずだったが、敦志の気遣いで、敦志は一人で行ってしまったし、瑞樹に関しては言うまでもなく、朝に見たあの結城先輩とやらの所だろう。つまり、残ったのは俺一人というわけだ。
「おい、凜ー! 迎えに来たぞー」
「お兄ちゃん!」
いきなり凜は俺の足に抱きついてきた。こう人が多いところで、このような事をやられるのは恥ずかしいと言う他ない。
「おい、お兄ちゃんはやめろって! それに、いきなり抱きついてくるな!」
「えー、だって寂しかったんだもん! それより、早く案内してよ、お兄ちゃん! とーっても楽しみなんだから!」
満面の笑みで話す凜。どうしてこうも元気なんだ? まあ、それほど楽しみにしてくれた事自体には素直に嬉しいが。
「わかったわかった。わかったから急かすなよ。それじゃあ、最初は図書館にでも行くか」
「わーい! としょかん、としょかんー!」
俺はまたはぐれないように凜の手をしっかりと握ると、図書館へと向かった。さながら、まるで本当の兄妹であるかのように。
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