「師匠、なんだか手のつけようのない展開になっちゃいましたね……」
「三角関係はよく聞くけど、これは四角関係ね~。なんだか私も興奮してきたし、仲間に入っちゃお~かな~!」
「何故こんなにも久遠がモテるんだ!? 顔なら俺の方が数段上なはずなのに……。これでは、わざわざこのパーティーに来た意味がないじゃないか! せめて遙さんさえ来てくれればいいのだが……」
「ピンポーン」
「ぐむっ? もがむぐがもむがもぐ」(あれっ? また誰か来たのか?)
――キュイーーーーーーン!――
「んっ!? この感覚、俺の美人センサーが反応している! 久遠、お前はそこで彼女たちの好意を無駄にせずにしていろ。玄関には俺が行く!」
敦志はすぐさま玄関に走っていった。恐らくその理由は、帰ってきたのが姉貴だからだろう。
「ガチャ」
「ただいまー、ってアレ? 君は確か鍵士の友達の……?」
「はい、申し遅れました。某は久遠鍵士の親友、一之瀬敦志と言います。どうぞよろしく、遙さん。それでさっそくなのですが、携帯の電話番号とメールアドレスをお教えいただければ光栄なのですが」
敦志は、帰ってきて早々の遙に対して、いつもの美人な女性に対しての決まり台詞を並べた。
「えっ? あの、何が何だかさっぱり分からないんだけど……?」
「うおりゃー!」
瑞樹の跳び蹴りが敦志の頬に突き刺さる。一体、いつの間に瑞樹は玄関にいたのだろうか。敦志のいるところ、瑞樹が見張っているのだろうか。
「な、また貴様か、瑞樹……」
「まったく、ほんと懲りないわね、バカは。さ、バカはこっちに来なさい」
「む、無念……」
瑞樹は敦志の首元を掴みながら、ズルズルとリビングまで引っ張っていった。
「ただいまー! あれ、みんなそろって何のお祝い?」
「あ、お姉ぇ! お帰りなさい」
「おじゃましてまーす!」
「むぐもごがあむあー」(お帰りー)
まだ口の中には料理の数々が押し込まれているおかげで、まともに話すらできない状態だ。
「何だかいつにもましてすごい状況になっているわねー。絵莉菜ちゃんに、さっき会った一之瀬君だっけ? それからあれ? 凜ちゃんじゃない! 元気にしてた?」
「ウン、元気だよ!」
「こんばんは、遙さん」
敦志は瑞樹に拘束されているために口を塞がれて、「んんっー!」としか話せなかったが、それでも姉貴に名前を覚えてもらったのがよほど嬉しかったのか、ピョンピョンと跳びはねている。
「それで一之瀬君の隣にいる子は、えーと、瑞樹瑠璃ちゃんね。確か、陸上部のハードル走のエースだったわね」
「ええ、そうですけど、何でアタシの事を知ってるんですか? 初対面なのに」
「姉貴はさ、学園の全生徒の名前と顔は、覚えてるんだよ。生徒会長だから」
「そういうこと! それにしても良かった~、鍵士にも友達がちゃんといたのね」
その姉貴の言葉に、鍵士は今朝の始業式の出来事をハッと思い出した。
「あ! そうだ、姉貴。その言葉で思い出したけどよ、よくも始業式では大衆の前で恥をかかせてくれたなー!」
「だってー、鍵士ってば本当に人と喋ったりするの苦手じゃなーい。だから、姉として弟を心配するのは当然でしょ?」
「ふざけんな。そもそも姉貴は俺に構い過ぎなんだよ」
「そんなことないと思うんだけどなー、ってあれ! もしかしてあなたは……」
姉貴は今まで気付かなかったのか、蘭子さんの方を見ると、驚いた顔をしながらこう言った。
「蘭子先輩!? なんで蘭子先輩がこんなところにいるんですか!?」
「ひどいわね~。そういう言い方は無いんじゃない、遙?」
「あれ、姉貴は蘭子さんを知ってるのか?」
「知ってるも何も、蘭子先輩は学園出身者の中でもかなり有名な人よ! 私が弓道部の主将をやってるのは知ってるでしょ。その弓道部の第五十七代主将で、伝説の中・高六年間全てで全国優勝し、日置流竹林派を継承する範士八段、それが一之瀬蘭子、その人なのよ」
「ええっーーー!」
蘭子さんのあまりにも意外な実情を知った俺たちは驚きを隠せずにはいられなかった。弟の敦志さえ目を丸くして驚いてるほどだ。
「よしてよ~、遙~。そんな昔の話~。それに今は遙の方が強いわよ~」
「おい、姉ちゃん! そんな話、俺も聞いたこと無いぞ!」
「師匠、本当なんですか! さすが師匠、一生ついてきます!」
敦志は自分の姉がこんなにもすごい人間だとは思わなかったというような顔をしており、瑞樹は目を輝かせて蘭子さんを尊敬の眼差しで見つめていた。
「もういいじゃない、その話は~。それより遙も早くこっちに来なさいよ~。やっとみんな勢揃いしたことなんだし、パアッと飲もーう!」
すでに蘭子さんは酔っぱらっているようだった。まあ、缶チューハイの空の山を見れば一目瞭然だが。
「そうだよ姉貴。早く席に着けよ。なんだかんだいって今日はいろいろ大変だったんだろ?」
「そうなのよー。よく分かってるじゃない、さすが弟ね。生徒会長って意外に大変なのよねー」
それぐらい言われなくても、姉貴の顔を見ればすぐに分かる。他の人は気付いていないようだが、若干やつれているようだ。何年間も姉貴と暮らしている俺にとっては、姉貴の寸分の差も見間違うはずなどない。
「あの、遙さん。あのフレアって子、どんな人なんですか?」
「ああ、フレアさんねー。彼女は……、いや、私もよくは知らないの。でも、話してみると結構いい子よ」
「知らないってことはないだろ。副生徒会長の事なら、生徒会長の姉貴なら分かるはずだろ?」
「うん、普通はそうなんだけど……。元々、今年度の副生徒会長は水島さん。あの風紀委員の委員長を務めている水島蒼花さんだったのよ。生徒会の決定ではね。だけど今日の朝、登校したらいきなり学園長先生に言われたのよ。『フレアさんを生徒会長にさせる』って。私も正直驚いたんだけど、学園長先生の命令でしょ。あの生徒会もそれには従うしかなくて、こうなったの。だからこんなに帰るのが遅かったのは、放課後、水島さんたち、反対勢力の収拾に手間取ったってわけ」
「なんか、私たちの知らないところで、いろんな問題が起こってたんだね」
「ああ」
すると蘭子さんが飲みかけの缶チューハイをテーブルに置くと、話し始めた。
「それなら私たちの世代でも、そういう問題は結構あったわね。うちらの学校は巨大組織だからね。その分、生徒の数もハンパないじゃない? だから自然と派閥みたいなのも出来ちゃうのよね。学園内の有力者とか権力がある生徒とかを中心に。まあ、生徒会って組織が学園内の最高機関だけど、結局メンバーの大半はそういった生徒達で占められているのよね~。だからこうした抗争とか権力争いは日常茶飯事なのよ」
「大変なんすね、遙さんも」
「うん、まあね。でも、せっかくのパーティーなんだし、こういうブルーな話はやめにして、楽しみましょう!」
姉貴はワインの入ったグラスを片手に持つと、乾杯の姿勢をとった。
「そうだな、姉貴の言うとおりだ。それじゃあ気分を変えて乾杯といくか!」
「ようやくパーティーの開始というわけね」
「今日は朝まで飲むー!」
「凜ちゃん、それはいくらなんでもマズイと思うけどな……。明日も一応、学校があるわけだし」
「ダイジョーブよ、絵莉菜ちゃん! 学校なんて二の次よ!」
「姉ちゃんは大学行ってないからそんなセリフが言えるんだよ!」
「皆さん、はしゃぎすぎです……」
「それじゃあ、かんぱーい!」
「カンパーイ!」
みんなの高笑いが部屋中に響き渡り、飲めや歌えの大騒ぎは夜遅くまで続いた。こんなにも賑やかなパーティーは鍵士にとって久しぶりだった。
――なんか楽しいな、こういうのって。幸せっていうのかよく分からないけど、多分幸せってこういう事を言うんだろうな。いろいろあって大変な一日だったけど、それが俺にとっては幸せなんだろうな……――
* * *
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