高等部の校舎へ向かう俺たちは、途中、中等部の未由と別れた。
「それじゃあ、凜はC組だからここでお兄ちゃんと絵莉菜ちゃんとはバイバイだね」
「ああ、そうだったな。何か騒ぎになるような事はいい加減にやめてくれよな」
「大丈夫だもん! 凜はこれでももう高校生なんだよ。充分、大人なんだから!」
「身体はどう見ても小学生並みなんだけどな」
「そうだ、お兄ちゃん。ちゃんと放課後は残っていてね! 約束だよー!」
「へいへい。心配しなくても、俺は暇人だから」
「じゃあね、凜ちゃんー!」
ようやく凜はC組の教室へと走っていった。俺と絵莉菜は、まだ時間帯が早いのか、いつもは大量の生徒で埋まっているはずだが、今は生徒の数もまばらな廊下を歩いていった。こうやって二人で並んで歩くのは久しぶりのことだった。
「凜ちゃんも同じA組だったらよかったのにね。そうすればみんな楽しく一緒にいられる時間が増えるんだけどね」
「これ以上A組が騒がしくなるのはどうかと思うけどな……。まあ、あいつも案外、中学生の頃よりは若干だけど成長してると思うし、一人でもなんとかやっていけんだろ」
「そうだね。凜ちゃんなら大丈夫だよね。あ! 私、ちょっと雪乃先生に用事があるんだった! ごめんね、鍵士君。先、行ってるね!」
そう言うとそのまま、絵莉菜は教員室につながっている階段を下りていった。すこしがっかりした気分になったが、まあ、朝からこんなに絵莉菜と話ができただけ合格とするか、として一人でA組の教室へと入っていった。
A組の教室も廊下と同様、まだ登校した生徒は少なく、教室の席の約八割が空席だった。すると、教室に入ってすぐ横の座席の一つ後ろの席に座る雨宮の姿が目に飛び込んできた。
昨日の雨宮の衝撃的な自己紹介以来、雨宮には幾分の興味を抱いていた。こんな時でも、相変わらず雨宮は何だか分からない、分厚い本を読書している。雑誌や漫画本ぐらいしか読まない俺にとっては、見ているだけで嫌気がするほどだ。しかし雨宮は微動だせず、本を読んでいる。動いてるのは目と、ページをめくる右手だけ。それ以外はまるで無機質の人形であるかのように動かない。
しばらくその場でジッと雨宮を見ていると、突然雨宮の視線の先が本から俺へと移り変わった。
「………………何か用?」
そんな急に言われても困る。確かに、雨宮をずっと理由もなく眺めていた俺に問題があったが、別段雨宮に用があるわけじゃない。
「え? いや、その、なんてゆーか……。俺、久遠鍵士って言うんだ!」
とりあえず自己紹介。
「……それで?」
「それでって……。別にたいした用は無いんだ。ただ、昨日もそうだけど、なんでずっと本を読んでるのかと思ってさ」
雨宮はそれを聞くと、再び本を読み始めた。この時点では、俺は完全に相手にされてないと思っていた。だが、意外にも先に動いたのは雨宮だった。
「用が無いならいちいち話しかけてこないで。それから、本を読むのは個人の趣味。私とあなたはあくまでも他人。だから他人を干渉するなんて行動はやめて」
氷のような冷たい御言葉。まあ、俺と雨宮は他人同士なのは認めるが。
「そうだな。邪魔して悪かった」
俺はこれ以上話そうとするのも、雨宮には無駄だと思い、自分の席に着いた。やはり雨宮は普通の人とは違う、何か不思議な感覚を受ける。もしかしたら本当にただの人間じゃないのかもしれないな。昨日の話を聞く限り、もはやこの世の中に流布されている常識は簡単に覆るだろう。
とは言っても、まだ始業時間までは三十分ほど余裕がある。新学期二日目だから宿題もあるはずなく、部活の朝練なんてのも俺にはない。絵莉菜とか敦志がいれば、暇をもてあますこともなく、話して時間を潰せるんだが、その二人は今のところいない。
「なんかやること無くて暇だなー。そうだ、C組に行って凜の様子でも見てくっか」
俺もなんだかんだ言っても凜の事が心の奥では心配しているのだろうか。とにかく、暇潰しにはもってこいと感じた。
C組の教室はA組の教室から意外と離れた位置にあることに気付いた。学校自体バカでかいから、一つ分間の空いたクラスでさえも、その間の距離は結構ある。なんて面倒な学校だと、薄々感じてしまうのは俺だけだろうか。
――ここがC組か――
「ガラガラッ!」
――えっ!?――
「ドンッ!」
「うおっ!?」
驚いた。本当に驚いた。何かと思ったら、突然C組のドアが勢いよく開いて、ドアの前に立っていた鍵士に上手い具合にぶつかってしまったのである
「イタタ……、何なんだよ一体……?」
倒れた身体をゆっくりと起こしながら目の前を見てみると、そこには一人の生徒がいた。
「す、すいません! お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だけど……?」
その子は、小柄で髪は金色で短く、その小さな顔は幼いながらも綺麗に整った顔をしており、優しい笑顔の似合いそうな顔だった。しかしどうにも腑に落ちない。顔を見る限り、女の子なのだが、着ている制服はどうだろうか。何度見ても、間違いなく男子の制服なのである。
「どうしました? ボクの顔に何か付いてますか?」
「いや! そうじゃないんだけど……、君って男の子だよね?」
「ええ、そうですけど? 二年C組の『クロウ・トラハルト』と言います」
――男だったのか!? どう見ても女の子にしか見えないって……!――
「あの、それじゃあボクはちょっと急ぎの用事があるので失礼します」
そのままクロウという名の、見た目完全少女な男の子は走り去ってしまった。
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