最終的に歯切れの悪い感じになってしまった俺と凜は、タイミング良く時間が時間だったため、それぞれのクラスの教室に戻ることにした。
「それじゃあ、お兄ちゃん。続きは放課後ねー!」
どんな時でも、凜は無邪気に笑っている。しかし、今に限っては、無理して笑っているようにしか見えなかった。それでも、それが凜にとって最大限の俺へのメッセージなんだろうな。
「ああ。ちゃんと放課後待ってるからな」
てなわけで、朝の暇潰しも終わり、再び教室へと入った。予想通り、雨宮は黙々と読書している。どうやら敦志はまだ登校すらしておらず、いたのは絵莉奈と瑞樹の二人だった。
「ういーす。瑞樹は朝から元気だなー」
「あ、鍵士君! 今までどこいってたの?」
「あー、そのことなら凜と一緒に朝の学校を案内してきた」
「そうだったんだー。それじゃあ、凜ちゃんもご機嫌だろうね」
「まあな。でも結局は、放課後も付き合ってやんなきゃいけないんだけどな。ところで、瑞樹はいつから教室来たんだ?」
「十分くらい前。それまでずっと結城先輩と一緒にいた」
でた。謎のイケメン、結城先輩。彼もまた、瑞樹の毒牙にかかった可哀相な男の一人。
「それで、その結城先輩とやらには何をやらせてんだよ?」
「失礼ねー。家から学校までの行き帰りに送ってもらってるだけだから。それに、最近、世の中物騒でしょ? だから、一人だと危ないからそうしてもらってるの」
絵莉菜は同感だと言うように、首を縦に振った。
「そうだね。そう言えば、ここ最近、この付近で物騒な事件が頻繁に起きてるもんね」
「何だよそれ? そんな事件、この近くであったっけ?」
「えー、鍵士、ニュース見てないわけ? 『紅華ヶ丘町連続惨殺殺人事件』のこと」
紅華ヶ丘町で殺人事件……? こんなにも平和そうなこの町で殺人事件が……。あれ? でも、待てよ。この話、どっかで聞いたことがあるような……?
「鍵士君見てなかったの、今朝のニュース? 昨日もまた一人、ビルの屋上で女性の惨殺死体が見つかったんだって……。怖いよね」
「それにねー、もっと怖いのは、その死体、『惨殺死体』って言ったけど、もはやその域を超えているのよ。完全に狂気的犯行としか思えないって」
その時、俺の脳裏に一つの考えが過ぎった。この事件、もしかして、『概念の主』とかいう奴等の犯行じゃないかと。それならば狂気的犯行も頷けるし、そもそも学園長先生の言ってたことが本当なら、この町は危機的状況に晒されているわけだし、奴等にとって一般人を殺めることなど、朝飯前なんだろう。
「なあ、瑞樹。その事件の内容、もう少し詳しく教えてくれないか!」
「え、別にいいけど……、いきなりどうしたの?」
突然、鍵士が身を乗り出して聞いてきたので、瑞樹は少し驚いた様子だった。
「いや、とにかく教えてくれ。その事件、ちょっと興味があるんだ」
「まあ、いいけど。でも結構話の内容的にグロいかもしれないから。なんつったて、かなり事件の内容が濃いからね」
「ああ、それでもいい」
それから瑞樹にその殺人事件の内容を教えてもらった。
この事件が初めて起きたのはちょうど一ヶ月くらい前。場所はとある地下駐車場。殺害された人は二十代の若い女性。どうやら地下駐車場に駐めておいた車に乗り込もうとした時の事らしい。その証拠に手にはしっかりと車のキーが握られていた。
そしてこの事件がどれだけ狂気的犯行によるものかと分かるのは、彼女の死体にあった。その死体は、大きく六箇所の部位に切断されていた。つまり、頭、胴体、両手、両足の計六箇所である。さらにその六つの部位もまた見るも無惨に斬られた痕が何十箇所もあったという。そして、何より不思議なのはその死体の切断面が恐ろしく綺麗に斬られていること。普通、人間が人を刃物によって斬りつけても、人の肉体を切断することは余程の力が無い限り難しく、さらにどんなにやってもその切断面は荒く、とても汚いというのが一般論らしい。しかし、今回の事件に関してはその切断面さえとても綺麗にスパッと斬られていたのだ。
何にしても狂気的犯行には変わらず、その駐車場の一角は血の海と化していた。
犯人は現在も捜索中。捜査は難航しているらしい。まあ、現場で証拠の一つも見つからなかったのには、さすがの警察もお手上げであったというわけだ。
「そんな事件があったのか……。まったく知らなかった」
「それで、ここ一ヶ月、同様の事件が十数件起きてるのよ。うちらアルカディア学園生はみんな心配してるのよ」
「うん。だから一人で帰るよりみんなと帰った方がいいんだよね。鍵士君も気をつけた方がいいよ」
絵莉菜は心配そうに言っているが、俺としては絵莉菜の方が心配だ。それに、この話から察するに、この事件はやっぱり『概念の主』と何らかの関係があるのではないか……?
「ガラガラガラ」
「よーし、お前ら。早く席付けー! ホームルーム始めんぞー!」
雪乃先生が教室に入ってきた。夢中で話をしていたおかげで、まったく時間に気がいって無かった。もうすでにホームルームが始まる時間になっている。瑞樹は自分の座席に戻っていき、俺と絵莉菜は自分たちの席に着いた。
ホームルーム、一時間目の数学の授業中、俺は先生の話を聞くこともなく、たださっき瑞樹から聞いた殺人事件のことで頭がいっぱいだった。
――もし、この殺人事件の犯人が『概念の主』なら、警察なんかに解決は恐らく見込めないだろうな……。じゃあやっぱり、学園長先生とか雪乃先生、凜たちがなんとかするのか? でも、奴等を殺すのは普通の人間には無理、か。それじゃあこの町に住むみんなは……――
考えれば考えるほど、胸の中に何か痛みが走るようだった。それどころか、モヤモヤとした気分になる。やはり、俺の心の中にはまだ後ろめたさが残っているとでもいうのだろうか……。
――いや、あの事は俺と関係ないんだ。俺にはあんな奴等と戦う理由なんて何処にもない――
そう自分に言い聞かせるので精一杯だった。それなのに罪悪感のような感覚に襲われる自分が分からなかった。
気が付くと一時間目も終わっていた。考え事をしていると時間が経つのが早いと言うが、それは本当かもしれない。
「ん、ああ、もう一時間目、終わってたのか」
「鍵士君、どうしたの? ホームルームの時からずっとぼおっとしてたけど」
いきなり絵莉菜の顔が目の前に現れた。
「うわっ!? って絵莉菜か。驚かすなよ」
「ご、ごめんね! でも、いつもと違って、何か鍵士君の様子がおかしくて……、ちょっと心配だなって」
絵莉菜には、やっぱり何でもお見通しか……。それにしても、絵莉菜に心配されるのは結構嬉しい。が、さすがにこの悩みは絵莉菜に打ち明けられるものじゃない。これ以上、自分の周りの人を巻き込むわけにはいかないだろうから。
「いや、ぼおっとしてたのは事実だけど、特に何でもないよ。ちょっと疲れていただけさ」
「まったく、いつもいつも覇気のない男だなー、久遠は!」
突然肩をおもいっきり叩かれ、振り向けばそこには敦志が立っていた。しかし、敦志は確かホームルームの時にはいなかったはずだが、いつの間に学校に来てたんだ?
PR