「しかし、絵莉菜はどこにいったんだ? それに凜もちゃんと一人で自分の教室に行けたのか……?」
「何? そんなに絵莉菜のこと心配なの~?」
「違えよ! ただまだおはようも言ってねえからよ……」
その時、教室のドアが勢いよく音を立てて開いた。
「ガラガラガラ」
と、そこには高く山積みにされたプリントを持ちながらよろよろと歩く生徒の姿があった。
――この危なっかしい動き、絵莉菜だ……――
「きゃあぁぁっ!」
俺の予測通り、大量のプリントを無理して抱えているとしか思えない絵莉菜は、足を躓かせて、そして転んだ。
「危ないっ!」
何故だか分からない。だが、瞬時に反応した俺の身体は、まるで本能的に働いたように、絵莉菜を受け止めていた。
いっておくが何かを期待して助けたわけではない。決して。まあ、たしかにいいシチュエーションにはなったものの、
問題の絵莉菜が持っていたプリントはその衝撃で宙に舞い、気付くと教室中に散乱していた。
「イテテ……。大丈夫か、絵莉菜?」
「う、うん……。ありがとう、鍵士君」
上を向いた絵莉菜の顔と、俺の顔があまりにも接近しているためか、絵莉菜は恥ずかしそうに頬を紅潮させている。
もちろん俺も、それは同じで、大好きな絵莉菜とここまで密着して話したのは初めてだった。恐ろしいぐらいの緊張と
嬉しさで、今にも失神しそうだ。
「あ、あの、鍵士君……」
「あ、ゴメン! 今、離れっから!」
鍵士は素早く絵莉菜を降ろすと、絵莉菜から少し離れた。
「でもホントにありがとう、あの、その……、受け止めてくれて! それでさ、久遠君。その、散らばったプリント、
一緒に片付けてくれるとうれしいんだけど……、ダメかな?」
「お、おお。そうだな、片付けるか。このままじゃ先生が怒るからな」
「瑠璃ちゃんも手伝ってくれる?」
「もちろん! 絵莉菜の頼みなら聞かないわけにはいかないでしょ? でも、その代わり……」
瑞樹はまた何か危険なことを考えているようだった。
「せっかく、二人とも同じクラスになって、さっきみたいなラブラブなハプニングも起きたことだし、二人ともこれからは
互いに積極的になること! これが条件」
な、なんて条件だ! 俺にとっては別に構わない話だが、これでは逆に絵莉菜を困らせるだけだ。雫は頼まれたら無理でも
了承してしまうような性格だし……。
「え、ええ!? そんなのムリだよ、瑠璃ちゃん~。第一、それじゃあ鍵士君に失礼だよ~、私なんか……。それに、積極的に
なんかなれないよお~」
――いや、まったく失礼じゃない! むしろ光栄ですから!――
「な、何言ってんだよ、瑞樹! 俺たち、そんなんじゃ……」
「ハイハイ、冗談だよ、冗談! ほんとに二人とも純粋なんだから~。真に受けなくてもいいのに。でもさ、やっぱり鍵士と
絵莉菜は、付き合うには最高の相性だと思うんだけどなー」
「瑞樹、いいからお前も早く手伝えー!」
俺たちの会話を聞いていた生徒達は皆、俺たち三人のやりとりに目を向けていた。そのせいで俺と絵莉菜は、あまりにも
恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
「わかったわよ。それでそこのバカはいつまで寝てるつもり? もう意識が戻ってるのは知ってるんだから、早く起きて一緒に
手伝いなさいよー」
するとさっきまで床にうつ伏せになっていた敦志が急にむくっと起き上がった。
「ちっ、ばれてたのかよ。わーったよ、親友の久遠と今日も麗しい如月さんがお困りのようならば、致し方ないか。瑞樹の
ヤローと一緒に手伝うのは気にくわんが……」
「なんか言ったー、バカ? 早くしないと、本気で殺るからね」
「ふん、望むところだな。俺も今日こそ、正式に決着をつけようと思ってたからな!」
――よく言うよなー、敦志も。そう言っていつも負けてんのお前の方じゃん……――
「あら、やけに自信満々じゃない。まあ、手加減ぐらいはしてやるから」
「ああ? それはこっちのセリフだぜ、瑠璃ちゃん?」
マズイって、その言い方は! 瑞樹のやつ、完全に殺気全開じゃん!
瑞樹は下にうつむきながら拳を握りしめている。この状態は完全に危険域に入っている。
「とうとうアタシを本気にしてくれたわね……、このバカ! 死ねーーー!」
「こいよ、トリャアアァァーー!」
ドカッ。バスッ。ベキッ。そんでもってまたドカッ。
「お、おい。二人ともその辺にして、早くプリント片付けてくれないか」
全く二人には聞こえていないようで、なおも二人の攻防は繰り広げられる。
「そ、そうだよ~、瑠璃ちゃん、それに一之瀬君。もうすぐ始業式始まっちゃうよー。だから雪乃先生が来る前にプリント
片付けないと怒られちゃうよ」
「えっ?雪乃先生って、あの烏賀陽雪乃先生のことか?」
「うん、そうだよ? あれ、知らなかった、鍵士君? 今年のA組の担任は雪乃先生なんだよ」
――あ……、そうか。俺、遅刻したから、誰が担任か見てなかったんだった――
「ああ、知らなかった。生徒指導の塚原じゃないのには安心したけど、でも確か、雪乃先生ってすごい美人だけどそれに
反して、かなり怖いって噂だったけな……」
「私が何だって? 久遠鍵士」
いきなり肩に誰かの手が触れた。
――ま、まさか……!――
すぐさま後ろを振り向くと、そこには長い黒髪の、やけに背の高い、それにスタイルのいい、ビシッとスーツをきめた
若い女性が仁王立ちをしていた。その手にはA組と書かれた出席簿が握られていた。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、もしかして雪乃先生?」
「その通りだ。私がこのクラスの担任を受け持つことになった、烏賀陽雪乃だ。よろしく頼む」
突然の雪乃先生の登場に、クラスの誰もが静まりかえった。否、もちろんあの二人はそれでも喧嘩を続行中だが。
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